ちいかんコラム

2015
11.04

樹木という生き方 -樹木診断業務を通じて感じる事-

北海道支社自然環堺研究室 テクニカルマネージャー 渡邉 温

北海道支社自然環堺研究室 テクニカルマネージャー 渡邉 温

皆様 こんにちは
北海道支社自然環境研究室 テクニカルマネージャーの
渡辺 温 です。

樹木医資格を取得して6年ほどが経ち、徐々に街路樹や公園の樹木診断業務を担当する機会も増えてきました。
日常業務の中では、野山に生育する野生植物の“集団”を調査対象にすることの方が多いのです。樹木だけではなく、草本類、シダ植物など色も形も異なる多様な植物相が存在し、地形や地理や気候によってさらに多様な植生が成立している様は素晴らしいものです。
一方で、樹木診断は都市の樹木を対象にして、1本1本の“個”に視線を注ぐ作業になります。ここにはまた違った発見があります。

今日は、都市の樹木を診る事から感じたお話です。

樹木診断の視点

樹木診断業務では、目視で外観上の樹勢や病虫害、傷や腐朽のサイズを診た後、腐朽や空洞部分については木槌による打診、鋼棒や根掘り等を用いた触診で判断していきます。
診断時にみられる様々な症状をご説明しましょう。

樹木もけがをする

硬い樹木といえども、強風や着雪があると、枝が折れたり付け根から抜けてしまったり、幹が折れたりします。風で捻じれたり、大きく揺れると幹に割れが生じたりすることもあります。
直射日光や昼夜の温度差によって、樹皮焼け・幹焼けなどと呼ばれる樹皮傷害がでたり、極度の低温下では樹幹内の水分が凍結膨張し、凍裂が発生したりします。初冬、初春に重い湿雪が降ると、幹曲がりが発生することもあります。動物による食害、樹皮損傷もあります。
このような傷害は、樹木にとっては“けが”といってよいでしょう。

樹木のけが:幹の捻じれにより生じた割れ(左) トドマツの単木に生じた幹焼け(右)

樹木のけが:幹の捻じれにより生じた割れ(左) トドマツの単木に生じた幹焼け(右)

 

樹木も病気にかかる

菌類(カビやキノコ)の中には、生立木の組織に侵入して腐朽させる、木材腐朽菌と呼ばれるものがあります。腐朽とは、細胞壁の主要な構成要素であるセルロースやリグニンといった化合物を分解することで、腐朽した木質部はその強度を失ってしまいます。
ほかにも、ウィルスやファイトプラズマ(細菌)が樹幹内に侵入することで引き起こされる、がんしゅ病、こぶ病、胴枯れ病、てんぐ巣病などもありますし、うどんこ病、さび病、褐斑病、葉枯れ病などの葉の病害も多く知られています。
このほか昆虫類などによる食葉、虫えい、吸汁、樹幹への穿孔から線虫や菌が感染して引き起こされる松枯れやナラ枯れもあります。
このような症状は、樹木にとっては“病気”といってよいでしょう。

樹木の病気:モミサルノコシカケによる溝ぐされ病(左) コブ病(右)

樹木の病気:モミサルノコシカケによる溝ぐされ病(左) コブ病(右)

 

樹木だって抵抗する

しかし、樹木もやられているだけではありません。
幹を縛られるなどしてストレスがかかると、樹皮はそれを飲み込んでしまいます。
風や雪圧などの荷重ストレスに対しては、“あて材”を形成して対抗しようとします。
落葉や低温順化(樹幹内に塩類や糖分を蓄積し耐凍性を得る)も寒冷に対する抵抗です。
樹勢が悪くなると不定芽から萌芽して、何とか葉を増やして光合成による物質生産を維持しようとします。
傷害や感染に対しては、細胞壁の強化や、樹脂の滲出によって抵抗します。また、腐朽菌の侵入に対してはフェノール類などの抗菌物質を生成し防御帯を形成すると言われています。

支柱の固定紐を飲み込んだ後コブ病が発生(左) 大きな傷もやがて癒合していく(右)

支柱の固定紐を飲み込んだ後コブ病が発生(左) 大きな傷もやがて癒合していく(右)

 

診断する

以上のように、樹木がみせるけがや病気、あるいはそれらへの対応の状態を観察した結果から、その樹木の健康状態を総合的に判断する作業が診断になります。

例えば、
「樹勢は良好で、一見問題ないが、樹幹に菌類がついている」という場合、
「菌類の腐朽力が強く樹幹の内部が腐朽していく」その結果
「強度が不足し幹が折れる可能性がある」と考えられます。

もうひとつ
「根回りの土壌が締め固められており、根が地上を這っている」という場合、
「踏みつけで土壌が緊密化し、根が呼吸を妨げられたために地表に移動した」その結果
「根の支持力が低下していく可能性がある」と考えられます。

このように、一つ一つの症状とその主な原因、さらに原因をもたらした環境等の要因(遠因)を合理的に因果づけ、この後の状況を予測していきます。

ハリエンジュの根際に発生したベッコウタケ(橙色の部分は幼菌)(左) 根上がりの例(右)

ハリエンジュの根際に発生したベッコウタケ(橙色の部分は幼菌)(左) 根上がりの例(右)

 

都市樹木の管理

診断の結果は大きく3通りに分けられます。「健全」、「危険」とその中間の「要注意・要観察」です。
「健全」であれば何の問題もありません。「危険」あるいは「要注意・要観察」と判断された場合、伐採か、適切な処置で管理していくのかなど、いくつかの選択肢ができます。
しかしそれは樹木の健全度だけではなく、安全性と経済性の比較、個体を保護するだけの文化的価値などを勘案して決められます。
都市の樹木は、小さな植樹桝や硬い土壌に植えられ、大気汚染、頻繁な剪定など、ストレスの多い環境におかれる、ちょっと気の毒な存在といえます。
同時に、都市の中で貴重な緑陰を提供し、景観や防災の面でも役割を果たす、有り難い存在でもあります。
人間社会の中の樹木を危険な存在にしないよう、その機能が発揮されるよう、適切に管理していかなければなりません。
樹木診断は、都市の中で人と樹木が共生するための地道な作業なのです。

腐朽などで衰退したサクラの危険木(左) 植樹帯をはみ出さんばかりの根際(右)

腐朽などで衰退したサクラの危険木(左)   植樹帯をはみ出さんばかりの根際(右)

 

樹木という生き方

一歩も動くことなく、けがや病気に耐え、年輪を積み重ねて何百年も生きる。
社寺仏閣にそびえる巨樹・巨木や、山奥に人知れず佇む大径木などはとても象徴的で、人々の文化や信仰に影響を与えてきた存在であることもうなずけます。
一方で、都市に生きる樹木を診ると、様々なストレスや障害、悪条件に対応しながら見事に生活していることに気づかされます。
1本の樹木と向き合うことから、都市に生きる樹木の機能と人の安全について考えさせられる日々です。



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