ちいかんコラム

2016
02.25

生物多様性の保全にむけて ~その第一歩は~

九州支社 自然環境研究室 齊藤剛

九州支社 自然環境研究室
齊藤剛

 

みなさん、こんにちは。
九州支社 自然環境研究室の齊藤剛です。

私は、九州支社の生物多様性推進担当ということで、「生物多様性」の保全などにかかわる仕事に携わっています。このコラムを読んで、生物多様性について、少しでも身近に感じていただけるようになれば幸いです。

 

生物多様性って?

まず初めに、生物多様性とはいったい何を意味している言葉でしょうか。
生物多様性基本法では、生物多様性とは、「様々な生態系(※1)が存在すること並びに生物の種間及び種内に様々な差異が存在すること」と定義されています。つまり、生物多様性とは、遺伝子、種、生態系という3つのスケールにおける多様性を意味しています。

では、なぜ、生物多様性は大切で守っていかないといけないのでしょうか。
「遺伝子や種、生態系が多様であること。」と言われても、「自分とは関係のないもの」と思われがちです。しかし、生物多様性は私たちの暮らしにも深くかかわっているのです。

私たちが生きていく上で欠かすことのできない、酸素や土壌、食べ物などの供給、精神的な安らぎや文化の形成、気候の調整や災害の緩和などは、生物多様性を基盤とする生態系によって供給されているサービスです。つまり、私たちの普段の生活は、実は、豊かな生物多様性によって支えられているのです。

利用しながら守る!

「生物多様性は私たちの生活にとっても大切だ。」と言うことはご理解いただけたでしょうか。
しかし、残念ながら、それだけでは保全の取り組みはなかなか進んでいかないものです。
そこで、生物多様性の保全を社会に広めていくためには、「大切だから守る」という視点だけでなく、生物多様性を持続可能な方法で「利用しながら守る(活用する)」という視点が大切になってきます。

かつての里地里山では、燃料や堆肥として薪や落ち葉などを活用してきたことで、人の営みの中で「利用しながら守る」ということが自然と行われていました。しかし、生活様式の変化などによって、昔ながらの方法で生物多様性を利用しなくなった今、新たな方法を探していく必要があります。

最近では、いろいろな自治体で「生物多様性の保全及び持続可能な利用」についての施策を定めた、生物多様性地域戦略が策定されるようになり、その中で生物多様性を地域資源として活用していくための検討が進められています。例えば、その地域の魅力的な生物多様性を、エコツーリズム(※2)や付加価値をもった農水産物のブランド化などによって、地域の観光や農水産業の発展に活用させながら、同時に守っていくという方法などがあります。生物多様性を活用する際には、保全と利用のバランスを見ながら、注意深く行う必要がありますが、上手くいけば、保全の取り組みが広く社会に浸透していく可能性を秘めています。

※1:生態系とは、物理的な環境とそこにすむ生きものの相互作用から構成された複雑なシステムのことです。
※2:エコツーリズムとは、地域ぐるみで自然環境や生物多様性、歴史文化など、地域固有の魅力を観光客に伝えることによって、その価値や大切さが理解され、保全につながっていくことを目指していく仕組みのことです。
参考:みんなで学ぶ、みんなで守る生物多様性(環境省)http://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/sokyu/sokyu03.html

自分のお気に入りを探してみよう!

生物多様性を地域資源として活用していくためには、まず、その地域の生物多様性に関わる、魅力的な自然や生きもの、地域の伝統的な料理や野菜、祭りなどを見つけることから始まります。なかには、地元の人にとっては当たり前すぎて、なかなか気づかれていない場合もあります。ここでは私の経験を踏まえて、見つけ方のヒントをご紹介します。

1.注意深く観察する

みなさんは、よく散歩やドライブなどにでかける馴染みの場所はありますか?
まずはその場所を、「どんな生きものがいるのか?」を意識しながら、注意深く観察してみてください。例えば、腰を下ろして小さな植物や昆虫をじっくり観察してみたり、鳥を探して上空や遠くの木の梢までの隅々まで広く観察してみたり、耳を澄まして生きものの鳴き声や様々な音を聴いてみたりするのも良いかもしれません。
これまでなんとなく見ていた景色の中にも、多くの生きものがすんでいることに気が付くと思います。はじめは意識して観察する必要がありますが、慣れれば自然にいろいろな生きものが見えてくると思います。

2.背景について調べてみる

その場所にいる生きものが見えてきたら、次は、その場所が、「どのような変遷をたどって現在に至っているのか?」という視点で、その背景について考えてみてください。すこしハードルが高いかもしれませんが、興味を持った場所が見つかったら、インターネットや図書館などで調べてみることをお勧めします。

私は大学時代に、阿蘇の草原で、植物と花粉を媒介する昆虫の関係についての研究に取り組みました。阿蘇には父親の実家があるため、草原は小さいころから見慣れた風景でしたが、研究を通して、注意深く観察したことによって、それまで知らなかった多くの生きものに気付くことができました。さらに、阿蘇の草原について、その成り立ちや歴史を知っていくうちに、なんとなく見ていた風景が、より価値のある大切な場所だと思うようになりました(詳しくは「阿蘇の草原のご紹介」をご覧ください)。

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【マツモトセンノウ+トラマルハナバチ】
マツモトセンノウは、阿蘇地域にしか生育していない大陸系遺存植物です。この花を訪れるトラマルハナバチは、花の正面から蜜を吸うことができ、種子の生産に貢献しています。

【マツモトセンノウ+クロマルハナバチ】

【マツモトセンノウ+クロマルハナバチ】
クロマルハナバチはトラマルハナバチよりも舌が短いため正面から蜜を吸うことができません。そのため、萼筒に穴をあけて蜜を吸っています。クロマルハナバチも、花をうろうろしているうちに、偶発的に花粉を運ぶことがあります。

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【ヒゴタイ+スズメバチ vs ツチバチ】
ヒゴタイも阿蘇を代表する大陸系遺存植物です。美しい花には蜜や花粉を求めて昆虫が集まります。さらに、集まってきた昆虫を求めてやってくる虫たちもいます。

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【カワラマツバ+ハナグモvsコハナバチ】
花に訪れたコハナバチをハナグモが捕まえました。小さな花の上でも、いろいろな生きもののドラマが繰り広げられています。

みなさんも、気になる場所があれば、普段とはすこし視点を変えて、注意深く観察したり、背景を調べてみたりしてはいかがでしょうか。自然や生きものだけでなく、地域の伝統的な料理や野菜、祭りなどについても、注意深く観察してみることや、その背景、歴史などに目を向けるという点では共通していると思います。

自分のお気に入りが見つかったら、それは生物多様性の保全と持続可能な利用を進めていく上で大切な第一歩となるはずです。

最後に

すでに、地域の魅力に気づいているという方は、できるところから、その思いを行動に移してみましょう。他の人にその魅力を伝えたり、すでに取り組みをしている人たちを応援するなど、簡単なところから始めればよいと思います。私も、この場を借りて私のお気に入りの場所を皆さんにご紹介させていただきます。

~阿蘇の草原のご紹介~

森林が発達する場所、森林が発達せずに草原となる場所は、気温や降水量などによって決まっています。世界的に見ると、年降水量が1,500㎜以上の場所には森林が発達し、1,500㎜以下の場所では、標高によって条件は異なりますが、草原が発達しやすくなります。

阿蘇には日本一の広大な草原が広がっています。それでは阿蘇の降水量は、どのくらいでしょうか。阿蘇地域には年間は約3,000㎜の豊富な雨が降り、自然の状態では森林が発達する場所に位置しています。このような場所で、草原が維持されるためには、森林へと遷移する自然の流れを、何らかの方法で防ぐ必要があります。では、「どのように」して、このような広大な草原が維持されてきたのでしょうか。

土壌中の植物珪酸体(※3)や微粒炭の研究によると、阿蘇地域では、場所によって違いはあるものの、およそ1万3,000年~7,300年前から植生に火が入り、ススキやネザサなどの草原が広がっていたと考えられています。この時代の火入れが、偶然か意図的なものかはわかっていませんが、シカなどの狩猟に適した環境を維持するために野焼きを行っていたのかもしれません。また近年では、農業を行うための、農業用牛馬の飼料や堆肥などに草が利用され、採草や野焼きなどによって草原が維持されてきました。
このように、阿蘇の草原は、人の営みと自然のバランスによって、まさに持続可能な利用によって守られてきた草原なのです。そしてそこには、氷河時代から生き残ってきた大陸系遺存植物(※4)と呼ばれる植物をはじめ、多様な生きものが生きています。

このような阿蘇の草原も、現在では、伝統的な草原の利用が行われなくなったことなどによって、草原の存続が危ぶまれています。このような魅力的な草原を後世に残していくために、新たな方法で草原を利用しながら守っていこうという取り組みが数多く進められています。この記事を読んで阿蘇の草原に興味を持たれた方は、ぜひ以下のホームページもご覧ください。

「NPO法人阿蘇花野協会」  http://www.asohanano.com/
「阿蘇草原再生協議会」  http://www.aso-sougen.com/kyougikai/
「草原再生シール生産者の会」  http://www.aso-sougen.com/producer/

【阿蘇の草原(初夏)】

【阿蘇の草原(初夏)】

【阿蘇の草原(秋)】

【阿蘇の草原(秋)】

【阿蘇の草原(早春)】阿蘇の草原は野焼きなどの人間活動によって維持されています。

【阿蘇の草原(早春)】
阿蘇の草原は野焼きなどの人間活動によって維持されています。

※3:別名プラントオパールと呼ばれる植物の微化石。イネ科植物などが体内で作り出す珪酸体で、ガラス質であるため、長期間土の中に残留します。種ごとに特徴があり、過去の植生を推定することができます。
※4:氷河期の頃、中国大陸や朝鮮半島と陸続きだった頃に分布したと考えられている植物です。



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