ちいかんコラム

2015
12.24

最先端技術は生きものの中に!
~無限の可能性を秘めた「バイオミミクリー」~

名古屋支社自然環境研究室 松川直寛

名古屋支社自然環境研究室 松川直寛

ちいかんコラムをご覧いただきありがとうございます。
名古屋支社 自然環境研究室の松川直寛です。

私は植物担当ということもあり、植物の名前を調べるため、普段から顕微鏡下で細かな特徴を観察しています。植物の種類によっては肉眼や倍率の低いルーペ程度では確認できない、毛の形、種子の模様、雄しべや雌しべの形などを顕微鏡で観察する必要があるのですが、「なぜこのような幾何学模様になっているのか?」とか、「このような構造にはどのようなメリットがあるのか?」とか、不思議なことばかりです。
まずは、植物の変わった形状の毛について少し紹介したいと思います。

 

植物の不思議

 

ウツギの星状毛

ウツギの星状毛

①星状毛(せいじょうもう)
ウツギという植物の星状毛と呼ばれる毛です。付け根部分の1箇所から放射状に毛が伸びていて、その名のとおり瞬く星のような形となっています。

 

 

 

アキグミの鱗状毛

アキグミの鱗状毛

②鱗状毛(りんじょうもう)
アキグミという植物の鱗状毛と呼ばれる毛です。一見すると魚の鱗のようで毛には見えませんが、よく観察すると細かい筋が入っていて毛の集まりのように見えます。雪の結晶には正六角形を基本構造とした様々な形がありますが、鱗状毛にも微妙な違いがあり、これが種類を調べる手がかりにもなります。

 

ベニシダの袋状鱗片

ベニシダの袋状鱗片

③袋状鱗片(ふくろじょうりんぺん)
ベニシダというシダ類の袋状鱗片と呼ばれる毛の一種です。毛の付け根の部分が風船のように丸く膨らんでいて少し可愛いです。

 

 

 

 

一般的に、植物の毛の機能としては、植物体の物理的保護、食害防止、乾燥化防止、保温効果などが挙げられますが、もしそうであるならば、先に挙げた植物のような特殊な形状である必要はなく、毛の機能についてはまだ謎が多いようです。

 

現在の「バイオミミクリー(生物模倣)」

生きものの形態や生態については未解明な部分が多いのですが、それが解明されると様々な分野で新たな技術として活用することが可能となるのです。このような生物の構造や仕組みなどを研究し模倣することを「バイオミミクリー」と呼び(「バイオミメティクス」とも呼ばれます)、1990年代後半からみられた概念ですが、2010年の生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)以降、よく耳にするようになりました。

カワセミのくちばしをまねた新幹線のノーズ部分(トンネル衝突音の軽減)はあまりにも有名ですが、ハスの葉の表面構造をまねた布地(撥水加工)、フクロウの羽をまねた新幹線の集電装置(消音効果)などのほか、注射嫌いの私にはありがたい蚊の口の構造をまねた痛くない注射針など、実は新しい技術が次々と生み出されているのです。

様々なバイオミミクリー

様々なバイオミミクリー ※写真は環境省生物多様性ウェブサイト (http://www.biodic.go.jp/biodiversity/index.html)より引用

 

身近な例として、私はしばしばヨーグルトを買うのですが、最近ではフタにヨーグルトが全くついていません。調べてみると、このフタにもハスの葉の表面構造が活用されているとのことで、試しに容器を一度逆さまにしてからフタを開けてみたのですが、それでもフタには全くついておらず驚きました(試してみてください)。

ヨーグルトのふた

ヨーグルトのふた

バイオミミクリーの進化と可能性

しかしながら、これらは単なる形状の模倣であって「バイオミミクリー」の最初のステップにすぎません。次なるステップはプロセス (形状の作り出されるメカニズム等) の模倣であり、最終的には生態系(自然環境や生きものの繋がり等)の模倣へと広がることにより、さらなる発展や持続的な社会形成が可能となると考えられています。

ノコギリクワガタ

ノコギリクワガタ

ここで、少し進んだ例を紹介します。 種の多様性に富んだ昆虫類は「バイオミミクリー」では特に注目されています。人間の場合、体の各部分の動きは1つの脳が一括管理しているのですが、昆虫類の場合、頭部、胸部、腹部のそれぞれに小さな脳のような構造があり、これらが独自に指令を出すことによって、俊敏な動きや対応が可能となっています。これまでの様々な機械類も人間同様、1箇所で制御されていましたが、自動車分野などではこの昆虫類のシステムを活用し、いくつかの部位に分けて個別に制御するという研究が進められているようです。

今年、ノーベル生理学・医学賞を受賞された大村智氏は、微生物が作り出す有用な化合物を多数発見し、その化学構造を研究することにより治療薬の開発に取り組み、医療分野や科学分野において多大な貢献をされましたが、これも「バイオミミクリー」の一つと言えるのではないでしょうか。

地球上には、まだ発見されていない種も含め870万種以上の生きものが存在するとの研究報告もありますが、これらの生きものから新たな技術を学べるということを想像すると夢は広がるばかりです。私たちも身近な動物や植物をじっくり観察すれば思わぬ良いアイデアが浮かぶかもしれませんね。



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