ちいかんコラム

2015
03.19

高尾山の昆虫目録作成に燃えています!!

東北支社自然環境研究室 伊東憲正

東北支社自然環境研究室
テクニカルマネージャー
伊東憲正

みなさんこんにちは。
東日本事業部 東北支社 自然環境研究室 テクニカルマネージャーの伊東憲正です。

皆さんは高尾山をご存じですか?

あの「ミシュラングリーンガイド」で富士山や京都、高山、兼六園、白川郷などと並んで最高ランクの三つ星(★★★)に選ばれた、東京都八王子市にある山です。
http://www.michelin.co.jp/Home/Maps-Guide/Green-guide/1

 

 

高尾山全景図(新八王子市史自然編より)

高尾山全景図(新八王子市史自然編より)

 

ガロアの似顔絵(織田一磨「武蔵野の記録」より 出典:新八王子市史自然編)

ガロアの似顔絵(織田一磨
「武蔵野の記録」より 
出典:新八王子市史自然編)

高尾山は古くから昆虫採集のメッカとして有名な場所です。
昆虫研究者の聖地として、古くは明治大正時代のフランス大使館員のガロアや帝大の教員助手のエイグナーに始まり、志賀昆虫普及社創始者の志賀夘助氏やアマチュアチョウ類研究者の草分け的存在である磐瀬太郎氏、図鑑などで有名な平山修次郎氏や加藤正世氏、昆虫少年だった手塚治虫氏、蛾類の研究者である井上寛氏などなど、多くの研究者やアマチュアが昆虫採集に訪れています。

戦前の高尾山の貴重な写真が新八王子市史自然編に掲載されているのですが、これを見ると戦前の高尾山は比較的開けた明るい山で、山頂周辺は草地環境が広がっており見晴らしが良かったようです。その証拠に山頂周辺でライトトラップを行うと、今では幻となったタガメやゲンゴロウなどの水生昆虫も飛来したそうです。

 

昭和初期の高尾山(左)と高尾山頂(右)(新八王子市史自然編より)

昭和初期の高尾山(左)と高尾山頂(右)(新八王子市史自然編より)

 

ところが、戦前から多くの昆虫研究者やアマチュアが昆虫採集に訪れている高尾山に、いったい何種類くらい昆虫類が生息しているのかと聞かれて、答えられる人は誰もいないのが現状です。一部のチョウやカミキリムシ、トンボなどはまとまった資料があるものの、他のグループについては全く資料がありません。2,000種なのか3,000種なのか4,000種なのかあるいはそれ以上なのか、誰もわからないまま今に至っています。

そんな折、八王子市が市制100周年を迎えるにあたって新八王子市史を編さんすることになりました。
市町村史の編さんには、地域の持つ自然や歴史、文化を整理し、書き記すことで、そこに暮らす人々が自治体についての理解を深め、将来にわたりまちづくりへ活かすという意義があります。例えば私たち生きもの屋目線で考えると、そのまちの動植物の分布状況が整理されていれば、地域の中で保全すべき環境や種は何か、どの地域をどのように活用することが望ましいかを検討するための重要な資料となります。

新八王子市史自然編の部会長には、弊社も東京都レッドデータブックなどで非常にお世話になった植物がご専門の畔上能力先生が就任することになりました。そして、畔上先生から弊社代表取締役の髙塚に、新八王子市史自然編の昆虫類について協力してほしいという相談があり、私に声がかかった次第です。
仕事をしながら休日に活動するのはなかなか大変なのですが、高尾山にいったい何種類昆虫類が生息しているのか解明する良い機会だと判断し、会社の昆虫担当や社外の昆虫仲間を何名も募って昆虫部会を編成し、昆虫部会の調整や自分の専門であるハエ目について協力することにしました。 

八王子市史昆虫部会で最初に取り組んだのは、「旧高尾自然科学博物館」の収蔵標本のチェックです。実は高尾山のふもとには、最近まで東京都唯一の自然史博物館である「東京都高尾自然科学博物館」があったのですが、残念ながら平成16年に閉館してしまいました。そこに収蔵されていた標本は、東京都から八王子市に譲渡され、旧稲荷山小学校校舎内で保管されています。

今熊山昆虫調査会集合写真(2010年6月)

今熊山昆虫調査会集合写真(2010年6月)

この「旧高尾自然科学博物館」収蔵標本の中には、博物館が発足した昭和40年代前半くらいからの貴重な昆虫類の標本が収められています。高尾山が含まれる八王子市に生息している昆虫類を調査する場合、まずはこの「旧高尾自然科学博物館」収蔵標本のチェックは欠かせない作業でした。そこで、市史編さん室の方にお願いして昆虫類のグループごとに数回程度、昆虫部会の主なメンバーで文献と顕微鏡を持参して「旧高尾自然科学博物館」の収蔵標本のチェックを行いました。

越野昆虫調査会集合写真(2011年6月)

越野昆虫調査会集合写真(2011年6月)

チェックをしてわかったのですが、収蔵標本は昆虫類のグループにものすごい偏りがありました。つまりチョウやトンボ、甲虫類、蛾類などは合計で20~30箱以上の標本箱があり、今では東京都から絶滅したような非常に貴重な昆虫の標本(アサマシジミ、ミヤマシジミ、シルビアシジミ、ヘリグロチャバネセセリ、コキマダラセセリ、ヤマキチョウ、タカオキリガ、グンバイトンボ、ムツボシベッコウ、キベリマルクビゴミムシなど)がいろいろ見つかったのですが、私の専門であるハエ目などは人気が無い昆虫のようで標本箱にして1箱程度しかなく、少し期待外れでした。ハチ目やカメムシ目も同様に標本が非常に少ない状況でした。

八王子城址昆虫調査会集合写真(2013年6月)

八王子城址昆虫調査会集合写真(2013年6月)

標本がほとんどなければ、調査して集めるしかない!ということで、昆虫部会や私が所属している双翅目談話会の会員らに声をかけて、毎年1回程度八王子市の調査会を実施することにしました。2010年は上川町の今熊山周辺、2011年は多摩丘陵の越野周辺、2013年は八王子城址周辺で行いました。それで、肝心の高尾山については、過去に多くの研究者が調査をしているため、文献を精査すれば多くの記録が拾えるだろうと考えて、ハエ目についてはなるべく多くの文献を集めるように努めました。ちなみに、近年の高尾山ブームにより、土日は高尾山周辺はものすごく混雑しており、とても捕虫網を振れるような状況ではないことを付け加えておきます。

 

ということで、八王子市史昆虫部会を立ち上げて、八王子市の調査を開始してから5年ほど経ちましたが、昨年春に無事「新八王子市史自然編」が刊行されました。http://www.city.hachioji.tokyo.jp/seisaku/13570/37248/045829.html

昆虫の分野においては、たとえば蛾類はウスズミケンモンやコゴマヨトウの高尾山で初記録、カシワ林に依存しているヒメシロシタバの50年ぶりの再確認、ミカボコブガ(東京都初記録)の確認など、多くの貴重な情報が得られました。

なお、最終目標である高尾山の昆虫目録はまだ完成していません。
つい先日、忙しい仕事の合間を縫って、数多くの文献や今までの調査で採集した標本などをかき集めて、ようやくハエ目の原稿を書き上げました。ハエ目は八王子市からおおよそ500種程度を記録することが出来ました(そのうち高尾山の記録は140種程度です)。他の担当者からも一通り原稿が集まっており、これから編集作業が始まります。
おそらく完成までに1年ほどかかる予定なので、新八王子市史資料編「八王子市動植物目録」が刊行されるのは来年くらいになると思います。「八王子市動植物目録」を用いて高尾山の記録を抽出すれば、高尾山の昆虫目録が出来上がります。これで、ようやく高尾山に何種類昆虫類が生息しているのかがわかる時代がやってきます。

今から昆虫目録の完成が待ち遠しいです。

 



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